「グローバル(global)な人」ってどんな人のことなのか? 最近よく耳にするグローバルな人材について考えてみた!

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最近よく「グローバル(global)」と言う言葉を耳にします。

 

「グローバルな人材」

「グローバル化」

「グローバルな社会」

などなど。

どこにいても「グローバル」と言う単語を耳にする気がします。

 

そもそも「グローバルな人」ってどんな人なのでしょうか?

  • 「複数の言語を使う事ができる人?」
  • 「世界について詳しい人?」
  • 「国内外で活躍できる人?」

おそらく捉え方によって様々な意見があると思います。

 

そんな「グローバルな人」とは一体どんな人のことを言うのかについてふと考えてみました。

 

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「グローバル(global)の意味」

そもそも、「グローバル」の意味は?

辞書によると、

世界的な規模であるさま。

また、全体を覆うさま。

包括的。「グローバルな視点」

とあります。

では、英語で「Global」の意味は、

『形容詞として』

地球全体の、世界的な、グローバルな、全体的な、包括的な、球状の、球形の

といった意味です。

日本語も英語も意味はそこまで違いはないですね。

どちらも、「世界的な」「世界規模での」といったように、地球全体を示す言葉です。

 

似た言葉として、インターナショナル(international)という言葉もありますが、こちらはどちらかと言うと国同士間のといったニュアンスがありますね。

 

グローバルな人とは?

では、グローバルな人とはどんな人のことを言うのでしょうか?

大抵の方が思う「グローバルな人」のイメージとして、

  • 「外国語が堪能な人」
  • 「自国だけでなく多様な国に行き来している人」
  • 「自国以外で、仕事をしている人」
  • 「自国以外を放浪している人」

このようなイメージがあるのではないかと思います。

以前の僕のイメージも上記に挙げたような感じでした。

簡単にいってしまうと、「海外に頻繁にいっている人 = グローバルな人」だと思っていましたw

 

日本で言う海外で活躍するグローバルな人材について

日本で言うグローバルな人材とはどんな人材なのか?

会社概要や会社の紹介のなどで、「グローバルな人材を育てる会社」などと言うキャッチフレーズを目にした事がある方も多いかと思います。

文部科学省の「産学連携によるグローバル人材育成推進会議」がまとめた報告書の一部に、その定義が紹介してあります。

「世界的な競争と共生が進む現代社会において、日本人としてのアイデンティティを持ちながら、広い視野に立って培われる教養と専門性、異なる言語、文化、価値を乗り越えて関係を構築するためのコミュニケーション能力と協調性、新しい価値を創造する能力、次世代までも視野に入れた社会貢献の意識などを持った人間」(「産学官によるグローバル人材の育成のための戦略」、平成23年4月28日)

参考:「産学官によるグローバル人材の育成のための戦略 – 文部科学省

とのこと。

正直、小難しい言葉ばかりで今一理解した難いですよね・・・。

僕なりの解釈ですと、「日本人として、いろいろな視点から世界を見る事ができて、様々国の言葉、文化などを受け入れられて、新しいアイデアを作り出せて、次の世代のことも考えられる人ってことではないかと」

正直言うとこれは、かなりレベルが高い気がしますが・・・。

もし、こんな人がいれば、企業に雇われずに個人でも何かしらの偉業を達成してしまう気もしますけどね・・・w

 

とはいえ、これはあくまでも理想を言えばだと思います。

企業からしての「グローバルな人材」とは、その人の能力を重視するのではないかと。
やはり必要なのは、その会社に利益をもたらすことのできる人ですよね。

例えば、

  • 「他の国の言語が堪能」
  • 「異なる国での適応性」
  • 「コミュニケーション能力」
  • 「ビジネスに関しての知識・経験」

など。

求められる能力は企業によって違いはあるかと思いますけどね。

以前に、「アジアの国に長く滞在できる人」が求められていると言うことを耳にしたことがあります。

っと言うのも、アジアの国に長く滞在できると言う人がなかなかいないとのこと。

理由は様々ですが、食事、言葉、文化、医療などの違いなどの理由があるようです。

なので、「ただ単にアジアの国に長期で滞在できる能力がある人材」を求めている企業もあると言うことです。

 

個人的に思う「グローバルな人」について

僕個人的に考える「グローバルな人」とは。

僕が考えるグローバルな人とは、

「何事において無駄なフィルターを通さずに物事を見る事ができて、それを元に自分自身で考える事ができる人。

そして、どんな事にも好奇心があり、どんなことにも順応できるような人だと。

さらに言えば、少しでも地球の為、世の中の為、人の為になろうと言う考えを持っている人」

ではないかと。

もう少し詳しく説明すると。

何事においても年齢を重ねるにつれて、どうしても一般常識や今まで経験した中での考え方・捉え方で物事を解釈してしまいがちです。

そして、新しいことを受け入れる事ができなかったり、自分が正しいと思っていた事が実はそうでなかった時にそれを曲げる事ができなかったり・・・。

「これはこうでなければいけない」「これはこうなるはずだ」といった考えで物事を捉えてしまうと。

そういったフィルターを通して物事を見てしまうと、物事の本質が見えなかったり、間違った解釈で物事を見てしまったりしかねません。

もちろん、一般常識や今までの経験は物事を判断する上でとても重要です。ですが、それらにとらわれずに、物事を考える事ができると言う事が重要ではないかと言う事です。

しかし、それらのフィルターを完全に取り除くのはかなり難しいかなと。ですので、少しでもフィルターを取り除いて物事を見る事ができるかが重要ではないかと思うのです。

僕が思うに子供はそのフィルターが少ない、ほとんどないと言ってもいいかと。
何事にも好奇心旺盛で、なんでもすぐに吸収してしまいます。

さらに、結構どんな環境にも順応してしまいますからね。

そんな、「子供のような大人」みたいな人が案外「グローバルな人」なのかもしれないなとw

 

勘違いのないように言っておきますが、「決してワーホリで海外に滞在しているから」「世界一周をしているから」「海外で働いているから」「海外に住んでいるから」と言った人たちがみんな「グローバルな人」だとは思っていません。

例え日本で暮らしていたとしても、上記で挙げたようは人は「グローバルな人」だと言えると思っています。

ただ、世界を一回も見る事なくして世界のことを知ることは少し難しいのではないかとは思いますけどねw

現在は、テレビの情報やネットの情報でも世界について簡単に知る事ができるようになりましたが、やはり全てが真実とは限らないと思います。

実際に自分の目で見て、経験したのとでは捉え方はだいぶ変わっていくると思いますし。

それに、「世の中のため」「地球のため」「社会のため」「家族のため」にと言う考えを持っている人は、ある意味「グローバルな人」なのではないかとも思います。

「地球のためとか大げさじゃね?」って思った方もいるかもしれませんねw

僕が考えるのは、本当に小さな事でも考えられる人と言う意味です。

例えば、

「ゴミのポイ捨てをやめるとか」「数秒間地球のために息を止めるとか」「ゴミを増やさないように無駄なものを買わないとか」「無駄な車のアイドリングをやめるとか」

など、本当に些細な事でも考えるのと、考えないのとでは違うのではないかなと。

はっきり言って、一個人ができることは本当に些細なことかもしれませんけどねw

 

まとめ

「グローバルな人」とは、言語が堪能で国内外のビジネスシーンで大活躍している人とは限らないのではないかと思っています。

ビジネスの場合は、そのビジネスに適したグローバルな人材の条件があると思います。

ですが、そうでなく「グローバルな人」と言う個人で考えると、もちろん外国語が堪能に越した事はないかもしれませんし、色々な海外に関しての文化・習慣などにも詳しい方がいいのかもしれません。

以前の記事、「あなたは何人ですか? 「〜人だから」っと言う固定概念をなくすことはできないものか?」でも書きましたが、何より重要なのが「国・文化・習慣・人種などに関係なく対等に物事を見れる人」が「グローバルな人」なのではないかと。

子供の頃に冗談で言っていたことを思い出しました、

「お前、何人?」

「俺、地球人」

なんて会話w

タツキチ

「日本で生まれ育った地球人」そのぐらい広い捉え方をできるような人が「グローバルな人」なのかもしれないなとw

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ABOUTこの記事をかいた人

「自分らしく、楽しく生きるには?」を常に考えながら色々と試行錯誤中! それも含め、普段の生活の中で勉強になった事、経験した事を記事にしています。 元自動車整備士、現在ワーキングホリデーを利用してカナダに滞在中。